和合だより

・季節の便り
伝統野菜「鈴ヶ沢なす」の定植会

この「和合だより」にご報告するのが大分遅くなってしまいましたが、今年の「鈴ケ沢なす」(伝統野菜)の定植会の様子です。 この催しの主催者のお礼のお便りと共に、スナップ写真をアップします。ご覧ください。 ——— 2015年6月5日(金)に和合・心川の圃場にて、鈴ヶ沢なすの定植会を行いました。 当日の参加者は計30名となり、650株のなすの植え付け作業もあっという間に終えることができました。心川・鈴ヶ沢が賑わい、楽しい時間となりました。ご参加くださいました皆様、誠にありがとうございました。 (右の写真をクリックしていただくと大きな画像でご覧いただけます。)

・季節の便り
梅雨明けの里山。

心配された台風11号もこの地方にはさほど大きな影響も無く、この里山は見事な梅雨明けの景色に包まれています。 30度を超す連日の猛暑も、「待っていました」とばかりの青々と茂った水田。 天候不順の比較的長い梅雨を終えて、今、この力強い太陽の光を受け、しっかりと花をつける準備に大わらわです。

・季節の便り
山々を映す水鏡。

さあ、春本番。いよいよ農作業に精を出す時期となりました。 和合の谷間にも幾つもの水鏡が出来あがり、今にも「お田植え」が始まりそうです。 周囲の新緑の山々を映して時々さざ波を湛える水鏡。今か今かと水温の上昇を待ちます。 もう幾日もしない内に、薫風にしなやかに黄緑色の苗がなびき、山深い静かなこの谷の里に活気が甦ってくることでしょう。

・季節の便り
いよいよ春本番。

和合地区には二つの清流が流れます。一つは、源流を阿智村浪合として、所謂”和合”地区の真ん中を天竜川に向かって流れます。この川の正式名称は「和知野 川」ですが、和合を通過する間は一口に「和合川」と言われます。  今ひとつは、売木村に源流を求める「売木川」ですが、和合”日吉”地区の谷間を東に向けて流れ下り、”巾川”地域で、和知野川(和合川)に合流します。 (この地方では一般的に、この合流から天竜川に注ぎ込む河川を「和知野川」と呼びます)  何れも自慢は何と言ってもその清らかな水の流れ。川底には砂利の一つひとつが透けて見え、流れに逆らってゆらゆらと泳ぎ回るアメノウオ(アマゴ)やハヤ の群れ。谷間を覗き込む真っ青な空を映したかのマリンブルーの流れ。  ハンドルを置いて、暫し川面や谷間に眼を転じながら深呼吸をすると、そこには朝日に透ける赤紫色のツツジがほころび始めました。ヤマザクラやコブシは季 節を告げる象徴ですが、楚々と咲く谷のツツジも見逃すことは出来ません。この”ツツジ”と共に、里山はいよいよ春本番を迎えます。

・季節の便り
里山にも春が。

月の声を聞くと雪解けが一気に進み、1000メートルを超える高い山々の北向きの一部を除き、この山深い地にも春が駆け足で近付いて来ました。 空の薄いマリーンブルーを映したかの様に何処までも清く澄み切った清流を背景に、ダンコウバイやアブラチャンが、「待ってました」と淡黄色の花を着け始め ています。 和合の里は、日毎に春本番を身近にしています。一年の内で最も嬉しい季節が直ぐそこまでやって来ました。

・熊野社二年参り

里山に新しい年が・・、二年参りに願いを込めて。

「昔は、小学生が200人を超える時もあったのに・・」と、余りにも激しいこの半世紀余の里山の変化に、赤々と燃える焚火に背中を炙りながら、谷の向こう側に人家の明かりを探す古老の眼。そして深いため息が聞こえた。 「限界集落」と云われて久しい現実の中に、新しい年を迎え願うことは、この山と水に恵まれた豊かな自然の永続と、そして出来ることなら、再び、ここかしこに子供らの歓声が少しずつ聞こえて来るようになること。



熊野社

創建年は不明であるが、熊野社に納められている棟札によると、安政3年(1856年)に熊野よりお迎えし、現在地 に祀られたのではないかと考えられる。それ以前から巾川で祀られていた権現宮、諏訪宮(享保9年1724年)の棟 札にはじまり、秋葉、金毘羅様(嘉永2年1849年)山神、水神山神(嘉永5年1852年)があり、合祀されたことがう かがえる。 現在の社は明治21年に建てられたもので、その時に熊野神社となった。その後、明治25年大改築が行われ、白山、 熊野、伊良胡神社が合祀される。後、昭和28年、熊野社となる。(「和合の念仏踊り(念仏踊り保存会:編著)」 から)